一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ

「一般社団法人 仏教宗学研究会」とは任意団体として2005年から活動している会の名称。2018年5月に一般社団法人登記。当ブログ名を「仏教宗学研究会のブログ」から「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」に改名。 「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」が管轄。「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。「仏教宗学研究会」と「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」は表裏一体の同体異名。日蓮正宗、創価学会・SGI・顕正会・正信会、さらに富士門流執着軍団…らを批判する主旨は同じ。 (背景写真は高野山真言宗総本山・高野山奥の院灯籠堂参道)

Category:仏教と日本伝統文化・仏教文化 > 日本の大衆・一般庶民に定着している仏教文化

■池上本門寺40(2012年初詣)

 

□多くの参拝客をあてこんで池上本門寺参道にぎっしり並んでいたテキ屋の露店(2012年初詣)

 

2012年の初詣は、池上本門寺に参詣しています。この時も12日の午前中に、皇居の一般参賀に行き、帰りに池上本門寺に参詣しています。ですので初詣は12日ですねえ。

しかし12日とはいえ、池上本門寺にはものすごい数の参拝客が訪れていました。ここも東京都内有数の初詣のメッカのひとつ。参道は参拝客でぎっしりです。ただし此経難事坂を登り、仁王門をくぐって大堂前まで来ると、スペースが広いせいか、ぎっしりの状態ではなかったのですが、それでも大堂前には、かなりの数の参拝客がいました。

その参拝客をあてこんで、テキ屋の露店も池上本門寺参道にぎっしりと並んでいました。人が集まる所、参詣人が多い寺社の前に、テキ屋の露店が並ぶのは世の常である。池上本門寺の行事で、最も多くテキ屋の露店が並ぶのは、何といっても毎年10月に行われる御会式である。御会式の時ほど、数は多くありませんでしたが、それでも正月も池上本門寺参道は、テキ屋の露店がぎっしりと並ぶ。又、池上駅前の商店街も、池上本門寺初詣客をあてこんで、12日にもかかわらず、開店している店もかなり見られました。

池上本門寺の本殿では、大きく扉が開けられていて、ここにもたくさんの人が参詣。本殿では、古いお札・お守りの返納・お焚き上げを受け付けていました。普段の日は、本殿に参詣する人はほとんど見られないのですが、正月の初詣は、たくさんの人が本殿に参詣していました。

大堂は、普段とかわらずそれこそたくさんの人が参詣。ここは普段の日も参詣人が多い堂宇ですが、普段よりも増して大堂の賽銭箱の前は、満員になるほどの人が詰めかけている。

大堂前の広場の一角では、猿回しの猿の曲芸が行われていて、参詣人の目を引き、周囲にはたくさんの人が見物していました。これもたくさんの初詣客をあてこんで行われているのでしょう。

仁王門前では、献血の呼びかけが行われていました。さらに大堂前では、菊の花の展示があり、初詣客をなごませてくれていました。菊の花の展示は、これ以前にどこかの寺院でも、何度か見かけていますね。

池上初詣1



池上初詣2大堂


池上初詣5本殿


池上初詣6本殿


池上初詣10大堂


池上初詣11大堂


池上初詣12仁王門


池上初詣13的屋


池上初詣15的屋


池上初詣18総門


池上初詣19総門


 

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■池上本門寺38(2013節分会2)

 

特設ステージがある池上本門寺大堂前は、それこそ立錐の余地もないくらい満員にならんばかりの大勢の参詣人が詰めかけている。そういう中を池上警察署の他、警視庁の車が停まっていて、警察官が交通整理を行っている。警察官が

「肩車をしているお父さん、ここで肩車は危険です。事故を防止するため、ご協力をお願いします」

というアナウンスをしている。子どもを肩車していた「お父さん」は子どもを降ろした様子。すると警察官が「ご協力ありがとうございました」と、アナウンス。たしかに、こんな超満員状態の中での肩車は危険かも。バランスを崩して転倒でもしたら、それこそけが人が出るでしょうから。

節分会33 











池上本門寺・節分会の豆まきは、タレントやプロレスラー、格闘家等々が大勢やってきて、福豆をまく。これらの著名人の数は30人以上。大堂前特設ステージには、タレントやプロレスラーが豆をまく位置があらかじめ決まっていて、大きな名札がかかっている。その名前を見ると

田中健、平将明、松本伊与、松本なつ子、西島三重子、宇梶剛士、春風亭一之輔、てんちむ、すがはらやすのり、朝崎郁恵、藤崎奈々子…

プロレスラー、格闘家、ボクサーの名前は

輪島大士、佐々木健介、中島勝彦、小橋建太、山本KID徳郁、KENTA、棚橋弘志、武藤敬司、鈴木みのる、高山善広、天龍源一郎、竹原慎二…

節分会41

 











ずいぶん懐かしい名前、昔の名前で出ていますタレントも見える。

池上本門寺・節分会に大勢のプロレスラーが来るのは、1977(昭和52)年に、ジャンパ鶴田が力道山の墓参を兼ねて節分会に参詣したことから、毎年、多くのプロレスラーや格闘家が節分会に参詣しているのだという。

豆まきは15時から。約10分ぐらい前から池上本門寺第82世貫首・酒井日慈猊下を先頭に、福豆をまくタレントやプロレスラーが特設ステージに入場。酒井日慈猊下はゆっくりとした足どり。

特設ステージには、豆まきの福豆が大量に用意され、ステージにはタレントやプロレスラーがズラリ。「タレントの紹介でもあるのかな」と思っていたら、そういうのは一切なく、いきなり豆まきがスタート。特設ステージからタレントやプロレスラーが、超満員になっている参詣人のほうにむかって、次々と福豆を投げる。参詣人のほうは、先を争って福豆を取ろうとする。たくさんの福豆が投げ込まれ、全部投げ終わったところで終了。あれだけ多くの福豆が投げられたのに、福豆をもらえなかった参詣人も、かなりいた様子。もっとも福豆は、大堂前で僧侶が売っていましたけどね。

私も福豆を一袋、もらってきました。豆まきが終わって参詣人は帰途へ。

総門から仁王門への此経難事坂から大堂への参道は、帰りの参詣人でいっぱい。

節分会47 

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■池上本門寺37(2013節分会1)

 

201323日は、池上本門寺の節分会に参詣しました。

日蓮宗大本山・池上本門寺は、法要が行われるときは、大勢の参拝人がつめかける寺院で特に有名。池上本門寺の最大の行事は、毎年1011日~13日に行われる御会式である。中でも1012日の万灯練り供養には、毎年30万人を超える参拝人があり、深夜まで練り行列が行われる巨大行事になっている。

池上本門寺の巨大行事は、何も御会式だけではない。毎年23日に行われる節分会もまたそのひとつ。日蓮宗新聞社刊行本「日蓮宗本山めぐり」の中でも紹介されていますが、池上本門寺節分会のときは、大堂前には、それこそ立錐の余地もないくらいの参詣人が詰めかけ、池上本門寺境内は超満員の状態に膨れあがる。そういう中、有名タレントやプロレスラーなどが、特設舞台の上から福豆をまく、豆まきが行われる。

23日といえば、どこの仏教寺院でも節分会が行われるが、池上本門寺の節分会は、特に多くの参詣人が集まることで有名。池上本門寺・大堂前は、節分会の数日前から豆まき用の特設ステージが設けられ、準備万端である。

節分会12 











池上本門寺節分会は、13時からの池上太鼓からはじまる。大堂前の特設ステージには、いくつもの太鼓が設定されており、20人以上の中年女性と23人の男性が出てきて、太鼓を叩く。

見ていると、かなりの練習を積み重ねてきているのが、わかります。男性も女性も、太鼓を叩く時の表情が、まことに生き生きとしている。

その後、福男福女の練り行列が仁王門から入ってきて、大堂の中へ。

節分会25 











宗教行事の中で行われるイベントというと、若い頃、イヤと言うほど見せられた創価学会の文化祭ビデオというものがあった。あれを見ていると、文化大革命時代の中国や北朝鮮のマスゲームそっくり。創価学会のビデオによれば、創価学会の文化祭には、知事、市長、県議会議長、著名人などが多数招かれ、祝辞や賛辞を送っていたというが、私なんかは、あんな創価学会の文化祭ビデオを見せられても、面白くもなんともなかった。それどころか多大な嫌悪感を感じたことを鮮明に覚えている。

 

しかし池上本門寺御会式の万灯練り供養、節分会の池上太鼓、片瀬龍口寺御難会の万灯練り行列等々の行事を見ていても、行事そのものが地域社会の中に密着していて、全く違和感を感じない。池上太鼓は、もちろん近年、はじまった行事なのだろうが、しかし地域行事としてピッタリとマッチしていて、これも全く違和感がない。

 節分会19

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■池上本門寺24(2011年・池上本門寺お会式紀行17)

 

池上本門寺総門前から、住宅街の路地裏をぬけて十中通りに出たのですが、この通りは、池上本門寺から池上駅方面へ帰る参詣者で、足の踏み場もないほど、ごったがえし状態。道路が人で超満員状態になり、その状態でゆっくりと池上駅方面に人の塊が移動しているような感じです。

こちらの通りにも、道路の両サイドには、テキ屋の露店が所狭しと立ち並んでいました。

御会式48的屋・本門寺通り


本門寺の参道は、池上駅前から本門寺方向への一方通行なら、十中通りは本門寺から池上駅方向への一方通行。この一方通行というのは、車ではありません。

車は通行止めになっていいて、人の一方通行です。

人の一方通行ですが、十中通りはものすごい人だかりで大混雑していて、とても露店で何かを買うどころではありません。

やっとの思いで池上駅前にたどり着いたものの、今度は駅前ロータリーが、池上商店街から本門寺参道へ向かう万灯練り供養の行列の通り道になっていて、池上駅前にいながら、駅までたどり着けない。

そこで再び、住宅街の路地裏をぬけて、池上商店街に出ました。ここはまさに万灯練り供養の通り道になっていて、行列が笛を吹き、鼓を叩きながら歩いていました。

御会式47万灯池上駅前


池上商店街から池上駅ロータリーは、万灯練り供養の行列と、見物客・参拝客で、深夜の襲い時刻まで、人でぎっしり。

御会式45万灯池上駅前商店街


御会式43万灯池上駅前商店街


御会式41万灯池上駅前商店街


御会式42万灯池上駅前商店街

大勢の警察官も出ていましたが、参拝客と万灯練り供養の交通整理だけで手が一杯という感じに見えました。

この池上本門寺お会式の万灯練り供養の行列は、深夜23時から24時ころまでつづいているとのこと。

御会式40万灯池上駅前


御会式37万灯池上駅前


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■池上本門寺23(2011年・池上本門寺お会式紀行16)

 

お会式の万灯練り供養の行列は、どんどん間断なくつづいて、此経難事坂を登って三門をくぐり、大堂前に進んでいきます。

私も約2時間くらい、大堂~三門付近で写真を取っていましたが、さて此経難事坂の下へ降りようとしたところ、いつの間にやら池上通りの参道入り口~総門~此経難事坂~三門は、池上本門寺に行く方向のみの一方通行になっていました。

御会式56総門一方通行


やはり万灯練り供養がはじまったあたりから、参詣者の数が激増。参道は、池上本門寺に参詣に行く参詣客と、万灯練り供養を見物する見物客で、まさにごったがえし状態。

御会式61万灯仁王門前


御会式58万灯仁王門前


一方通行じゃあ、どうやって総門前に降りていけばいいのか、と警察官に聞くと

「五重塔の方向から下に降りていって下さい」

とのこと。そこで大堂前の参道から、墓地をぬけ、五重塔の脇を通って、大田区民会館の屋上に出て、そのまま会館のエレベーターに乗って1階へ。

それで朗子会館、日蓮宗宗務院前を通って総門前にやっとたどり着きました。

御会式55万灯参道
 


 

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■池上本門寺22(2011年・池上本門寺お会式紀行15)

 

池上本門寺三門前で、万灯練り供養を見学していたら、次々と万灯の行列が此経難事坂を登ってきました。

御会式74万灯仁王門前

御会式73万灯仁王門前


桜の花や五重塔を形取ったものが多かったですが、中には日蓮像を形取った万灯もありました。

御会式66万灯仁王門前


そして万灯練り供養の行列に参加している人たちの年代が実に幅広いことです。

小学生のボーイスカウトから、20代、30代とおぼしき若い人たち。

それから中高年、老人の男女が大勢で鼓を叩いたり、笛を吹きながら行列に参加。

事前に練習をしていたのでしょうか。

御会式70万灯仁王門前

 

それと、この万灯練り供養の行列で、笛を吹く人、鼓を叩く人、万灯を持ち上げている人、ドラムを叩く人、…

この人たちの表情がとても生き生きしていることです。どの人も、万灯練り供養を楽しみながら参加しているように見えました。

ホントに楽しそうでした。

御会式62万灯仁王門前


見物客のほうも、そういう生き生きとした行列を見て、楽しんでいるように見えました。

御会式61万灯仁王門前
 

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■池上本門寺21(2011年・池上本門寺お会式紀行14)

 

万灯練り供養に出てきた、各寺院・教会・結社で作られた万灯は、桜の木を形取ったものが多かったですね。

御会式75万灯仁王門前

御会式74万灯仁王門前


大半の練り行列は、鼓を叩いたり、笛を吹いたり。中にはドラムを叩いていた行列もありました。

御会式100万灯仁王門前

御会式103万灯仁王門前

基本的にこれらは在家信者の人たちが、鼓を叩いたりしていましたが、中には住職が鼓を叩いて参加していた行列もありました。

御会式109万灯仁王門前


御会式78万灯仁王門前


私が注目したのは、この万灯練り供養の行列の参加者は、実に年齢層が幅広いことです。

年代は、小さな子ども、小学生から20代、30代の若い人、中高年から60代、70代とおぼしき人たちまで。

ありとあらゆる年代の人たちが参加していることです。

御会式77万灯仁王門前


 御会式117万灯大堂前

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■東京201・大田区池上・「池上本門寺」20(2011年・池上本門寺お会式紀行13)

 

万灯練り供養の万灯は、池上本門寺の末寺の寺院・教会・結社毎につくって、行列を行っているようです。

御会式134万灯仁王門前

御会式127万灯仁王門前


御会式124万灯仁王門前


参加している人は、それこそ若い人から、年配の男女まで、実にさまざま。

御会式115万灯大堂前


御会式114万灯仁王門前



若い人の表情が生き生きしているのが、印象的です。


御会式119万灯仁王門前

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■池上本門寺19(2011年・池上本門寺お会式紀行12)

 

私は、池上本門寺大堂~三門前の参道脇で、万灯練り供養の行列を見守っていたのですが、ここは練り供養の行列を見ようという参拝客でいっぱい。

御会式146大堂前


それでも、人の輪をかき分けて、写真を撮っていました。

御会式144万灯大堂前


おそらく、万灯練り供養の行列がはじまってから、2時間以上は、大堂~三門前にいたと思います。

御会式138万灯仁王門前


見ていると、此経難事坂を登って三門~大堂前に、万灯練り供養の行列が次々と進んできました。それぞれ、鼓を叩きながら「南無妙法蓮華経」(なむみょうほうれんげきょう)と唱えて、歩いています。万灯は、どれも台車の上に乗っていて、此経難事坂の石段を登るときは、男性が数人で万灯を台車ごと持ち上げて、登っていました。

御会式126万灯仁王門前



万灯練り供養の行列は、さまざまです。

中年男性・女性から白髪の老人、妊娠した身重の女性、若い男女、小学生風の小さな子どもの行列もありました。

御会式133万灯仁王門前
 

 

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■池上本門寺18(2011年・池上本門寺お会式紀行11)

 

池上本門寺三門付近で、テキ屋の露店で買った焼き鳥やらフランクフルトを食べていると、参道のほうから「南無妙法蓮華経」(なむみょうほうれんげきょう)と唱えながら、鼓を叩く音が聞こえてきました。

時刻は午後650分くらい。

「あれ、もう万灯練り供養の行列がはじまったのかな」

と思い、参道のほうに歩いて行ってみると、三門からぞくぞくと「南無妙法蓮華経」(なむみょうほうれんげきょう)と唱えながら、鼓を叩くサラリーマン風の男性の行列が歩いている姿が見えました。

これが、万灯練り供養の行列のトップバッターのようです。

御会式145万灯大堂前

 

この男性たちは、けっこう見た感じ、若い人が多かったように思います。人数は、何十人はいたでしょう。かなりたくさんの人数でした。

しかも全員、スーツにネクタイ姿で、信者用の袈裟?を左肩からかけていました。

「南無妙法蓮華経」(なむみょうほうれんげきょう)と唱えながら、此経難事坂を上がってきて、三門をくぐり、大堂前へ。

中には、汗ぐっしょりになっている男性もいました。

 

「この人たちは、普段は丸の内や大手町のビジネスマンなのだろうか。本日は仕事を休んできたというわけか」

と思いました。有給休暇をとって、万灯練り供養に参加したと言うことなのでしょう。仕事を休まないと、この時刻に池上本門寺の万灯練り供養に間に合わないと思います。

まあ、行列参加のためとはいえ、大変なことです。

御会式146大堂前
 

 

 

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■池上本門寺17(2011年・池上本門寺お会式紀行10)

 

神社仏閣の大きなお祭りになると、たくさんの人が参詣にやって来て、テキ屋の露店が並ぶというのは、日本のお祭りの風物詩になっています。

まあ、日本全国各地の大きなお祭りになると、だいたいテキ屋の露店が並ぶのではないでしょうか。私の実家の近所の夏祭り、秋祭りでも、やはりテキ屋の露店が並んでいました。こういうのも、日本の祭りの一部であり、日本文化として定着しているものではないかと思います。

 

そのテキ屋の露店も、最近は少し様変わりしてきているように思います。

金魚すくい、トウモロコシ焼き、綿菓子の露店が影を潜めました。金魚すくいは、池上本門寺お会式に一軒ぐらいは、あったかもしれませんが。トウモロコシ焼きは、売れないんでしょうね。どうしても、焼きそばとか、フランクフルトとか、焼き鳥とか、お好み焼きとかに、目が行きます。

金魚すくいも、経費がかかるわりに、売り上げが上がらないのでしょう。

 

それともうひとつ。池上本門寺お会式に来ていたテキ屋の露店で、目立ったのが、トルコの○○という、実に聞き慣れない名前の料理を売っていた露店。褐色のトルコ人のテキ屋さんでした。

テキ屋も、このごろは国際的になってきているようです。

しかし、池上本門寺のお会式に参詣に来ている人で、トルコ料理を食べる人って、いるのだろうか。ちょっと、気になりました。

 

あともうひとつ、気になるのが、ヤクザとの関係。

テキ屋全員が、ヤクザと関係ある人ではないでしょうけども、東京でも暴力団排除条例が施行されました。これで排除されたテキ屋って、いるんだろうか。こちらも気になります。

 

さて万灯練り供養がはじまる前から、池上本門寺境内は、多くの参拝客で参道はごった返す状態になり、焼き矢の露店で買った焼きそば、フランクフルト、お好み焼き等を食べる人であふれかえっています。

三門の脇に、椅子とテーブルが用意されたテントがあり、ここでたんさんの人が座って、焼きそばやおでんを食べたり、ビールやワンカップ酒を呑んでいます。

テントの椅子に座りきれなかった人は、日蓮立像や五重塔の付近に座って、焼きそばやおでんを食べている人もたくさんいました。

万灯練り供養がはじまる前から、こんな状態になっていました。

御会式151的屋
 

 

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■池上本門寺16(2011年・池上本門寺お会式紀行9)

 

私は、夕方、再び大堂の中に入りましたが、午前中とはうってかわって、たくさんの参拝客が大堂の中に詰めかけていました。参詣者の数は、時刻が夜に近づくにつれて、徐々に増えてきているのが、わかりました。

さて本門寺通り、本門寺参道、本門寺境内、本門寺周辺道路、十中通りなどの道路脇には、テキ屋の露店が所狭しと並んでいます。参拝客が増えるにしたがって、テキ屋の露店もがぜん盛り上がってきました。テキ屋の露店で目立ったのは、フランクフルト、焼き鳥、バナナチョコ、焼きそば、ソフトクリーム、おもちゃのピストルゲーム、ウルトラマンや仮面ライダーのお面、広島焼き・大阪焼きのお好み焼き、おでん、ラーメン…等々です。

昔、テキ屋の露店でよく見かけた、金魚すくい、とうもろこし焼き、綿菓子等は影を潜めました。

相変わらず、食べ物やさんが多いのは変わりません。

テキ屋の露店が出している料理は、フランクフルト、焼き鳥、焼きそば、お好み焼きといったふうに「焼く」料理が得意なようです。得意なだけあって、テキ屋の「焼く」料理は、なかなかおいしい。

たとえば、フランクフルト。

私も、フランクフルトは何十年も前から、高速道路のサービスエリア、テーマパーク、コンビニ、各地のお祭りのテキ屋等々、いろんな所で食べましたが、テキ屋の露店が焼くフランクフルトが一番おいしいですし、一番安い。テキ屋の露店のフランクフルトは、ものすごく太くて、長さも長く、これが200円。コンビニだと、太いフランクフルトは1300円~350円くらいします。といっても、コンビニのフランクフルトは大半が細いもので、これは150円くらいで買えますが、太さと長さがぜんぜんちがいます。

それから、コンビニのフランクフルトは、こげてもいないのに、表皮がパスパスになっているものが多い。セブンイレブンのフランクフルトは、こういうのが多いですね。ローソンの場合は、逆に表皮が焦げてしまっていて、皮が固くなりすぎているものが多い。こういうのは、焼き方がとてもいい加減なんだと思われます。

ところがテキ屋の露店のフランクフルトは、焼き方がとてもうまい。少々焦げていても、表皮が固くなっておらず、パスパスにもなっていない。ちょうどいい具合に焼けているわけです。

焼き鳥は、おいしいのと同時に、焼き鳥の肉がとてつもなく大きい。コンビニや焼き鳥屋、居酒屋で出てくる焼き鳥より、倍以上、肉が大きいですね。こんな大きな肉を使った焼き鳥というのは、あまり見たことがないですね。

こうして「焼く」料理を出すテキ屋の露店があっちこっちにあり、それぞれの露店から、勢いよく煙が上がっている。

おいしいフランクフルトや焼き鳥が食べられるというのは、まことに結構なことですが、警備に出ていた東京消防庁の消防官が、心配そうな表情で、テキ屋の露店から上がる煙を見つめていたのが、とても印象的でした。

御会式152的屋
 

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■池上本門寺11(2011年・池上本門寺お会式紀行4)

 

池上本門寺・お会式二日目の「宗祖御更衣法要」は、内陣は多数の僧侶が座って、ほぼ満席状態。内陣の両サイドにある外陣には、壇信徒席が設けられ、ほぼいっぱいの信者が座っていた。この法要でも、私が見聞した限りでは、実際に読経をしていたのは、内陣に座っていた僧侶のみ。外陣に座っていた信者は、読経している様子はなく、ただ合掌して座っているのみ。

仏教寺院の勤行や法要なんて、こんなものじゃないかと思います。浄土真宗本山の法要で満堂の参詣信者が、正信偈を読む声に唱和していたのを見たことがあったが、浄土真宗でよく読んでいる正信偈は、お経とよく似ているが、正確に言うと、仏典ではない。正信偈とは「正信念仏偈」といい、親鸞の著書『教行信証』の「行巻」の末尾に所収の偈文のこと。これは読経とよく似ているのだが、読経とはやや違う。

さて日蓮宗寺院の法要に出ると、熱心な信者さんが、経本を見ながら読経している姿をごくたまに見かけますが、そういう人は、法要の中に居ても1人か2人くらい。

こういう話しを書くと、日蓮正宗や創価学会の信者は、目くじらを立てて「それではダメだ。実際に読経が出来なければ、ダメなのだ」などと言い出しそうですが、私は、全くそんなことはないと思う。

つまり、「在家は無理して読経ができるようにならなくてもOK」という考え方なのである。

前にも書きましたが、池上本門寺のお会式は、それこそ数百年前から今日に至るまで、地域の文化として、地域行事として、完全に根を下ろして定着しているものです。もちろんこれは、「在家・信者は読経せず合掌しているだけ」という形で定着している。これで充分ではないでしょうか。

これが、日蓮正宗や創価学会のように、「在家も読経ができなければダメだ」式に、在家に読経を強制していたら、池上本門寺のお会式は、こんな数百年の間、地域文化として定着しなかったのではないか。

 

それでは、日蓮正宗や創価学会の信者が、毎日欠かさず朝夕の勤行を行っているのかというと、決してそうではない。実際、信者自身が、勤行をよく休んでいることを認めている。こういうのを、定着しているとは言わない。私は、「在家の読経は、文化として根付かない」という説に立っている。

実際は勤行をよく休んでいるのに、さも毎日欠かさず勤行をしているかのように偽るよりも、読経しないという、ありのままの姿で、大衆文化として定着している方が、よほど人間らしいと思う。

誤解のないように附言すると、私は「在家は読経するな」と言っているのではない。それは、在家の方で、読経がおできになる方は、それは素晴らしいと思いますし、そういう方は、読経をおやりになられるのは、結構なことだと思います。

でも、仏教寺院の法要で見聞する限り、そういう方は、非常に少ないです、今でも。

御会式2立て札


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片瀬・龍口寺4(地域密着の祭礼になっている3)

 

「龍口法難会」の法要の式次第が一通り終わると、貫首と僧侶は一旦、本堂から退出して、須弥壇の扉も閉められた。

その後、参拝客・観光客には、ぼた餅が振る舞われるということで、本堂では準備がはじまった。

龍口法難会17


「ぼた餅」というのは、私なんかには「おはぎ」という名前が親しみやすい。「おはぎ」は、春秋の彼岸に仏前に供えるねのとして、そのころになると、スーパーマーケット、コンビニなどでは、店頭に「おはぎ」が並ぶ。古くは、春の彼岸につくるものをぼた餅、秋の彼岸につくるものを萩の餅、おはぎと称したといわれる。また餡をつけたものがぼた餅、きな粉をまぶしたものはおはぎともいうが、いずれも定説ではなく、今日では春秋にかかわりなく、「ぼた餅」とも「おはぎ」ともよばれているという。

見ていると、僧侶と役員の信者が、本堂二箇所の高台に、ぼた餅が入った大きな樽を持ち上げていた。「こんな大きな樽じゃあ、中に入っているぼた餅も、けっこう大きそうだな」と、なんとなく私としても、期待が膨らんでしまった。

そしていよいよ、本堂の参拝客に、高台から「ぼた餅」が一斉にばらまかれたのである。

その途端に、本堂の中は、「ぼた餅」の取り合いで、大パニック状態に。

主婦の「あーっ」「きゃーっ」という悲鳴だか、何だかわからない声が鳴り響いたり、人だかりの下敷きになりそうな人が居たり。みんな、それこそ、ぼた餅を手でつかもうとして必死。

 

さて私も、必死になって、ようやく「ぼた餅」を手でつかむことができたのだが、その「ぼた餅」を見てびっくり。何とそのぼた餅は、飴玉くらいの大きさぐらいのものだったのである。

スーパーマーケット、コンビニなどの店頭に並んでいる「ぼた餅」を連想していた私は、がっくり。

「えーっ、こんなに小さいの」という感じ。ぼた餅の大きさに関しては、全くの期待はずれだった。

 

それにしても、こんな小さなぼた餅の取り合いのために、本堂は一時、大パニックに。

ぼた餅は小さかったが、龍口法難会そのものは、それこそ万単位の人が繰り出しているのではないかと思わせるくらい、規模が大きなものであった。

 

「龍口法難会」のぼた餅があまりにも小さかったのに、当てが外れた私は、ようやくここで龍口寺本堂から外に出た。

法要の最中、私は携帯カメラで片っ端からパチパチと写真を撮っていた。周りを見ても、法要の最中に写真を撮っていたのは私だけだった様子。法要が終わって、ぼた餅の準備が始まると、デジカメやら携帯カメラやらで写真を撮っていた人は居たが。

私は、写真を撮っていたことに関して誰からも咎められなかったし、注意も受けなかった。

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片瀬・龍口寺3(地域密着の祭礼になっている2)

 

実際に日蓮宗・龍口寺の「龍口法難会」に行ってみて、正直、これだけたくさんの人が龍口寺の「龍口法難会」に来ているのを見て、驚かされました。祭礼というと、神社の祭礼がよく知られているが、仏教寺院の祭礼が、これほどまでたくさんの人をよんでいるケースは、あまり例がないのではないでしょうか。関東近辺では、東京・池上の「池上本門寺」のお会式が、たくさんの人が訪れる地域の祭礼になっているのは有名で、池上本門寺の御会式には、約30万人もの人々が参拝に訪れるという。

 

それと的屋の露店・屋台が、国道467号線の歩道にとどまらず、何と龍口寺の門前から、一部が龍口寺の門の中の境内にまで及んでいるのも、驚いた。そして的屋の露店の前は、たくさんの人通りがあるため、なかなか前に進めない。

龍口法難会30


:境内の一角で様子を見ていると、ビールを飲んだ後、龍口寺の本堂に登っていく人や法要が行われている本堂から下りてくる人たちで、本堂に連なる参道は、それこそ参拝客・観光客でごったがえしていた。本堂では、すでに法要がはじまっていて、貫首が延々と「慶讃文?」を朗々と読んでいる声が、マイクを通して、本堂の外にまで聞こえてきていた。

本堂に連なる参道の脇にも、的屋だか地域の人だかの露店があって、そこでビール、酒、ジュースの他、フランクフルトややきそばを焼いて、売っていた。その露店のそばには、座って談笑しながらビールを飲んだり、つまみを食べたりする椅子とテーブルがあったのだが、そこは完全に満席。座れない人は、立ちながらビールを飲んだり、フランクフルトを食べたりしていて、その中には、どういうわけか、とても目立つ格好をしている「おかま」さんまでも。

全体的な雰囲気としては、片苦しい仏教寺院の法要に、厳粛なムードで参拝するという雰囲気ではなく、龍口寺の信者も、そうでない人も、一斉にわんさと龍口寺に行き、そこでビールを飲んだり、つまみを食べたり、的屋の露店のゲームを楽しんだり、金魚すくいを楽しんだりする、地域の盛大なお祭りという感じ。法要に厳粛に参拝するというのではなく、地域の祭りをみんなで楽しんでいるという感じに見えた。

仏教寺院のお祭り・祭礼は、こういう雰囲気のものが一般的なのかどうかまで、私が断定するわけにはいかないが、少なくとも、大石寺をはじめとする日蓮正宗寺院の法要の、あの閉鎖的で、超片苦しい雰囲気のものよりかは、いくらかこちらのほうがオープンで、ましなような気がする。

ビールを飲み干した私は、人だかりをかき分けながら参道を進み、龍口寺の本堂の中に入って行った。

 

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片瀬・龍口寺2(地域密着の祭礼になっている)

 

龍口寺の大きな行事として、日蓮の龍ノ口法難を記念する毎年911日~13日の「龍口法難会」がある。毎年912日の夜18時、13日の夜0時に「龍口法難会」の大法要が本堂で営まれ、参拝者には難除け牡丹餅が振舞われる。万灯練供養は12日夜に行なわれる。

なぜ912日の夜なのかというと、日蓮が龍口法難に遭遇したのがまさに文永8(1271)912日の夜。龍口刑場でまさに首斬られようとした時に、光り物が現れたのが深夜午前0時から2時くらいの間の出来事と伝承されていることに因んでいる。

「龍口法難会」という行事そのものは、ここの龍口寺のみならず、身延山久遠寺をはじめとする日蓮宗各寺院、大石寺をはじめとする日蓮正宗各寺院、富士門流各本山、末寺でも行われている。

ただ、ここ龍口寺の「龍口法難会」の場合、ここだけの面白い特色がある。

 

この「龍口法難会」は、日蓮正宗では「たつのくちほうなんえ」と呼んでいるが、日蓮宗・龍口寺の法要の慶讃文では「りゅうこうほうなんえ」と呼んでいた。どちらが読み方として正しいのかは、定かではない。というか、私にとっては、どちらでもいいことなんだが。

この龍口寺は、江ノ島電鉄江ノ島駅より徒歩3分、小田急江ノ島線片瀬江ノ島駅より徒歩15分くらいの所にあるのですが、毎年、龍口寺の「龍口法難会」が近づいてくると、小田急線の駅ホームには、「龍口法難会」が龍口寺で行われることを告げるポスターが張り出される。

 

数年前に、この龍口寺の「龍口法難会」に行ってきました。龍口寺には、過去に何度か訪ねて行っているのですが、龍口寺の「龍口法難会」に行くのは、はじめて。

私の場合、龍口寺に行くルートは、小田急江ノ島線で終点の片瀬江ノ島駅まで行くか、ないしは小田急・江ノ島線の藤沢駅で下車して江ノ島電鉄に乗り換えて、江ノ島駅で下車するか、のいずれかになる。小田急線の場合、特急ロマンスカーが運行されているので、それに乗って行ければ早くて便利なのだが、ただ、いかんせん片瀬江ノ島駅まで行く特急ロマンスカー・えのしま号は、本数が少なく、平日で5往復。土日休日で7往復しかない。箱根湯本までは平日23往復、土日休日が27往復運転されているのと比べると、えらい違いである。

それでも私は、乗り換え無しで行けるほうが便利なので小田急線で片瀬江ノ島駅まで行きました。

 

片瀬江ノ島駅に降り立ち、それから徒歩で龍口寺に向かうわけですが、途中、江ノ島電鉄の江ノ島駅前を通って、国道467号線に出る。そこから国道沿いに龍口寺まで歩いて行くのですが、この国道が、江ノ島駅入り口から龍口寺までの間、歩道にぎっしりとテントの出店が所狭しと並んでいる。通称、的屋(てきや)と呼ばれる露店・屋台である。

龍口法難会35


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■身延山久遠寺18(身延駅としょうにん通り)

 

身延駅とは、JR東海・身延線の駅で、山梨県南巨摩郡身延町のターミナル駅。特急「ふじかわ」を含む身延線の全列車が停車する。駅舎に接する単式ホーム11線と、奥に島式ホーム12線と23線の駅で、駅舎は、しょうにん通り商店街がある西側にのみ設置されている。

後続の特急待避による長時間停車を行う普通列車や、特急の普通列車追い抜きもある。特急ふじかわのほとんどは、上下とも1番線から発着。待合所には売店や立ち食いそば屋もある。

身延駅2

 

ここは日蓮宗総本山・身延山久遠寺への表玄関の駅として有名で、久遠寺への参拝客や観光客で賑わう。身延山久遠寺は身延駅から4キロメートルほどのところにある。

身延駅から身延山久遠寺までは路線バスの便があるが、本数が少ない。このため、この駅から久遠寺までタクシーで行く参拝客が多い。久遠寺の参拝客以外に南アルプスへの登山客なども身延駅を利用し、春の花見シーズンには久遠寺のシダレザクラを目当てにした観光客も訪れる。

 

しかし身延駅は、特急ふじかわ号を利用したとしても、利便のいい所ではない。特急ふじかわ号で、静岡から身延まで約1時間20分。甲府からでも約50分かかる。特急ふじかわ号は、17往復運転されているが、身延駅のダイヤで見ると、下りは12時から17時のあいだに1本だけ。上りは2本しかなく、昼間に大きなダイヤのブランクがある。

身延山久遠寺に参拝する人は、朝早い列車で身延駅に到着し、バスかタクシーで久遠寺に参拝。

法要・行事に参列したり、山内を散策したり、門前町で食事をしたりして、夕方に下山して帰宅する。参拝客からしてみたら、今のダイヤのほうが便がいいのかもしれません。

 

JR身延線・身延駅前から、富士川・身延橋までの間に並ぶ、飲食店、おみあげ品店、ホテル、旅館がある通りを「しょうにん通り」と呼んでいます。ここに並ぶ店は、飲食店、おみあげ品店、ホテル、旅館であり、漆工芸の店とか金箔加工の店といったものは、ありませんでした。

 

地元では、「しょうにん通り商店街」と呼んでいるようですが、一般的に商店街というと、「商店街」と書いたアーチが入り口に立っていて、アーケードになった商店街を連想するのですが、ここはそういう雰囲気の所ではありません。

「しょうにん通り」の「しょうにん」とは、身延山久遠寺の開祖・日蓮にちなんだ名前。

身延町は日蓮宗総本山である身延山久遠寺を擁する門前町であり、その玄関口である身延駅周辺の商店街も、車社会になる以前は、身延山久遠寺の参拝客でおおいに賑わっていたようです。

 

しかしその後、急速に車社会になり、国道52号線の身延バイパスが開通して、車が身延駅前を通らなくなったためか、車や人通りは少なく、そんなに賑わった町並みには見えませんでした。

むしろ身延山久遠寺の門前町のほうが、賑わっている感じがします。

 

 

 

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