一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ

「一般社団法人 仏教宗学研究会」とは任意団体として2005年から活動している会の名称。2018年5月に一般社団法人登記。当ブログ名を「仏教宗学研究会のブログ」から「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」に改名。 「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」が管轄。「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。「仏教宗学研究会」と「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」は表裏一体の同体異名。日蓮正宗、創価学会・SGI・顕正会・正信会、さらに富士門流執着軍団…らを批判する主旨は同じ。 (背景写真は高野山真言宗総本山・高野山奥の院灯籠堂参道)

Category:「日蓮」研究 > 日蓮弟子遺跡

■法華宗本門流大本山・光長寺1(和泉阿闍梨日法で有名)

 

光長寺(こうちょうじ)とは、静岡県沼津市岡宮1055にある法華宗本門流の大本山。創建は1276(建治2)年とされていて、日蓮を開山、日春、日法を「同時二祖」としている。

一般的には、和泉阿闍梨日法が開いた寺院として有名で、同時二祖・日法とは、大石寺の「本門戒壇の大御本尊」「最初仏」日法彫刻説や、北山本門寺の「生御影」日法彫刻説で知られている、あの日法である。

しかし大石寺の「本門戒壇の大御本尊」「最初仏」なるものは、後世の偽作であり、日法とは全くの無関係のものであるが、この詳細については他の場所に譲ることとして、ここでは岡宮光長寺の話しを進めて行きたい。

光長寺26楠

 

この他にも、日法彫刻が「寺伝」として昔から伝承されている日蓮祖師像が、各地の日蓮宗系寺院に見られることなどから、日蓮宗関連の古文書や歴史史書などに、この光長寺の名前がよく登場し、通称名として、岡宮・光長寺の名前で知られています。正式名は、徳永山光長寺という。

この光長寺は、千葉県茂原市の鷲山寺、京都・本能寺、尼崎・本興寺とともに、法華宗本門流の四大本山のひとつになっている。

 

「法華宗」という名前がつく宗派も多数あるので、光長寺が所属している「法華宗」とは、どの法華宗なのか、わけがわからなくなりますが、法華宗本門流とは、通称「八品正意論」を唱える八品派と言われている宗派です。ただし八品派の中には、本門法華宗等もあり、八品派=法華宗本門流ではない。

八品とは、法華経涌出品から嘱累品までの八品のことで、八品派の開祖・日隆の八品正意論から来ている。

 

日隆(13851464)とは、八品派とよばれている本門法華宗、法華宗本門流の開祖。

当初は、四条門流(日像門流)の妙顕寺で修学していたが、法華経について教義論争が起こり、八品正意論を提唱。妙顕寺を退出して本能寺を建立し、日隆門流を興した人物。八品派の門祖であり、京都・本能寺、尼崎・本興寺の開祖になっている。

 

又、この日隆は、日蓮正宗大石寺9世法主・日有と交流があったことが、南条日住の筆記と伝承される古文書・日有御物語抄に出てきます。

 

そうすると、光長寺のほうが歴史が古いのに、なぜ後から出てきた日隆が開祖なのか、という疑問が出てくるわけですが、法華宗本門流の見解によれば

「室町時代の中頃、(光長寺)大学頭・本果院日朝聖人は、本能寺、本興寺の御開山・日隆聖人と一味法水(いちみほっすい)の約を結ばれ、法華宗を再興されました」

ということです。つまり歴史は光長寺のほうが古いのだが、教義的には、八品派・日隆門流と同一ということになる。

 

さらに資料によると、この法華宗本門流という宗派は、法華宗を再興した日隆を門祖とはしているが、四大本山のそれぞれが末寺を持っていて、総本山制度や一宗一山制度をとらず、それぞれの四大本山が独立しつつ、連合して宗派をつくっているという、ユニークな体制になっているという。こういう宗派は、あまり例がないのではないかと思われます。

 

 

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日蓮本宗本山・要法寺2(富士門流では最大寺院数)

 

京都・要法寺とは、京都の東山三条、正式な住所地で言うと、京都府京都市左京区新高倉通孫橋上ル法皇寺町という実に長い名前の住所地にある日蓮本宗本山寺院。こう言うと、なじみが薄く感じられるのだが、日蓮正宗大石寺と同じ日興門流の系統で、富士門流八本山のひとつであり、日興・日目の直弟として有名な日尊の系統である日尊門流の本山といったほうが、わかりやすいのではないだろうか。

日蓮正宗や創価学会、顕正会、正信会といった日蓮正宗系の団体に関わりがあった人、日蓮教学や富士門流宗学を研究している人、日蓮宗や法華宗、顕本法華宗の人でも、この要法寺という名前を聞いたことがない人はいないのではないだろうか。それくらい有名な寺院である。

要法寺12

 

「要法寺」の名前なのだが、正式には「ようぼうじ」と読む。「ようほうじ」ではない。

要法寺の名前の由来は、法華経の「四句の要法」と思われるが、「四句の要法」は「しくのようぼう」と読むのであって、「しくのようほう」ではない。

最近、要法寺の中世の造仏問題で論争している創価学会教学部と法華講員・樋田昌志氏の動画をユーチューブで見たのですが、樋田昌志氏に勝利宣言している創価学会教学部ですら、要法寺を「ようほうじ」と誤って読んでいるのには、驚きました。しかも勝利宣言した後の、「解説動画」の中でも、要法寺を「ようほうじ」と誤って読んでいる有様です。いい加減ですね。

「要法寺の読み方なんか、どうでもいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、こういう誤った読み方をしているのは、一般会員ではなく、教学のスペシャリストであるはずの創価学会「教学部」ですよ。彼らは、教学や宗学の研究で、漢字の「正しい読み方」を教わらないんでしょうか。

動画を見ていて、まことに奇異な印象を受けました。

 

要法寺は、日興門流(富士門流)の中の日尊の系統である日尊門流の祖山・本山であり、現在、「日蓮本宗」の本山を名乗っていますが、末寺は、要法寺の塔頭8院を含めて全国に50ヶ寺ある。要法寺は、戦前、本門宗であり、1941年、日蓮宗、顕本法華宗、本門宗の三派合同で、日蓮宗に合同している。

そして1950年に、日蓮宗から独立して、日蓮本宗を新たに立ち上げたわけだが、この要法寺本末の日蓮宗からの独立に追随せずに、そのまま日蓮宗にとどまった旧末寺が34ヶ寺ある。

そのうちの28ヶ寺が島根県にある。

さらにこの他に、元々は日尊門流の寺院だったが、今は日蓮正宗等の他宗派に属している寺院が14ヶ寺ある。

したがって日尊門流としては、要法寺と塔頭・末寺で約100ヶ寺くらいの規模があるのだが、現在の日蓮本宗は、その半分くらいの規模になっている。したがって現在は日尊門流=日蓮本宗ではない。

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