仏教宗学研究会のブログ

「仏教宗学研究会」とは会の名称。「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」が管轄。「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。「仏教宗学研究会」と「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」は表裏一体の同体異名。日蓮正宗、創価学会・SGI・顕正会・正信会、さらに富士門流執着軍団…らを批判する主旨は同じ。 (背景写真は高野山真言宗総本山・高野山奥の院灯籠堂参道)

「仏教宗学研究会」とは「アンチ日蓮正宗」管理人が設立した会の名称。この会の中で、「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。
「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。富士門流執着軍団批判は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄だが、「日蓮正宗系」以外の富士門流寺院の調査・研究は「仏教宗学研究会のブログ」の管轄。
「仏教宗学研究会」への誹謗中傷に対する反撃・糾弾は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。
さらに正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」の公式サイト「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」から、カルト宗教対策、カルト宗教取締特別立法、カルト宗教拡散防止条約制定の活動部分を独立させたものが「国際カルト宗教対策委員会(Icat-Cult)」

□正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」(アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ)
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日蓮宗(大)池上本門寺

池上本門寺(40)~多くの参拝客をあてこんで池上本門寺参道にぎっしり並んでいたテキ屋の露店(2012年初詣)

■池上本門寺40(2012年初詣)

 

□多くの参拝客をあてこんで池上本門寺参道にぎっしり並んでいたテキ屋の露店(2012年初詣)

 

2012年の初詣は、池上本門寺に参詣しています。この時も12日の午前中に、皇居の一般参賀に行き、帰りに池上本門寺に参詣しています。ですので初詣は12日ですねえ。

しかし12日とはいえ、池上本門寺にはものすごい数の参拝客が訪れていました。ここも東京都内有数の初詣のメッカのひとつ。参道は参拝客でぎっしりです。ただし此経難事坂を登り、仁王門をくぐって大堂前まで来ると、スペースが広いせいか、ぎっしりの状態ではなかったのですが、それでも大堂前には、かなりの数の参拝客がいました。

その参拝客をあてこんで、テキ屋の露店も池上本門寺参道にぎっしりと並んでいました。人が集まる所、参詣人が多い寺社の前に、テキ屋の露店が並ぶのは世の常である。池上本門寺の行事で、最も多くテキ屋の露店が並ぶのは、何といっても毎年10月に行われる御会式である。御会式の時ほど、数は多くありませんでしたが、それでも正月も池上本門寺参道は、テキ屋の露店がぎっしりと並ぶ。又、池上駅前の商店街も、池上本門寺初詣客をあてこんで、12日にもかかわらず、開店している店もかなり見られました。

池上本門寺の本殿では、大きく扉が開けられていて、ここにもたくさんの人が参詣。本殿では、古いお札・お守りの返納・お焚き上げを受け付けていました。普段の日は、本殿に参詣する人はほとんど見られないのですが、正月の初詣は、たくさんの人が本殿に参詣していました。

大堂は、普段とかわらずそれこそたくさんの人が参詣。ここは普段の日も参詣人が多い堂宇ですが、普段よりも増して大堂の賽銭箱の前は、満員になるほどの人が詰めかけている。

大堂前の広場の一角では、猿回しの猿の曲芸が行われていて、参詣人の目を引き、周囲にはたくさんの人が見物していました。これもたくさんの初詣客をあてこんで行われているのでしょう。

仁王門前では、献血の呼びかけが行われていました。さらに大堂前では、菊の花の展示があり、初詣客をなごませてくれていました。菊の花の展示は、これ以前にどこかの寺院でも、何度か見かけていますね。

池上初詣1



池上初詣2大堂


池上初詣5本殿


池上初詣6本殿


池上初詣10大堂


池上初詣11大堂


池上初詣12仁王門


池上初詣13的屋


池上初詣15的屋


池上初詣18総門


池上初詣19総門


 

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池上本門寺(39)~大石寺常唱堂は池上本門寺常唱堂のパクリである可能性が高い

■池上本門寺39(大石寺常唱堂は池上本門寺常唱堂のパクリ)

 

□自然に参詣者が多くなり常に題目を唱える道場として知られるようになった池上本門寺常唱堂

 

池上本門寺の仁王門をくぐったすぐ左側の子院に「日朝堂」という堂宇がある。日朝堂は、身延山久遠寺第11世・行学院日朝を祀る堂宇。別名を「常唱堂」と言い、堂宇入り口には「常唱堂」と書かれた額が掲げられている。常唱堂とか題目堂と呼ばれ、須弥壇には大曼荼羅本尊と行学院日朝像を祀っている。現在の日朝堂は昭和48(1973)年に再建されたもの。

日朝堂2












池上本門寺刊行の古写真集「撮された戦前の本門寺」によれば、もともと池上本門寺の日朝堂は、池上本門寺第22世日玄が元禄年間(1688-1704)に創立。戦前まであった日朝堂は、寛保年間(1741-43)に加藤甲斐守納泰の寄進によって建立されたもの。第二次世界大戦の焼失の後、昭和48(1973)年に再建された。

一方、池上本門寺の寺伝によれば、日朝堂の縁起は次のようになっている。

 

日朝は1422(応永29)年、伊豆宇佐美で誕生。8才で出家。行学修行を積み重ね、苦修練行、昼夜精進行を行った。41才のとき、身延山久遠寺第11世法主となり、今の身延山隆昌の基を築いた。

関東の布教では新寺40余ヶ寺を建立した。

61才の時、永年にわたる止暇断眠の苦行と教化精進の過労から両眼失明の厄にあったが、それを自らの不徳として、ますます懺悔精進したところ、眼病が全快したという。

61才のとき、眼病消滅の本尊を書写。教化と著述七百余巻に専念。1500(明応9)年、79才で遷化した。池上本門寺では日朝の徳を讃え、日朝像を祀ったところ、日を追って参詣者が多くなり、常に題目を唱える道場として知られるようになった。

日朝堂5 











これが常唱堂とよばれる縁由とのこと。

この縁由によれば、元禄年間(1688-1704)の日朝堂創建以前から、池上本門寺で日朝像を祀っていたことが、窺われるが確定的なことは言えない。日朝堂創建で、日朝像を祀った、というようにも読める。

日朝堂7 

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池上本門寺(38)~地域の恒例行事として定着している池上本門寺節分会2

■池上本門寺38(2013節分会2)

 

特設ステージがある池上本門寺大堂前は、それこそ立錐の余地もないくらい満員にならんばかりの大勢の参詣人が詰めかけている。そういう中を池上警察署の他、警視庁の車が停まっていて、警察官が交通整理を行っている。警察官が

「肩車をしているお父さん、ここで肩車は危険です。事故を防止するため、ご協力をお願いします」

というアナウンスをしている。子どもを肩車していた「お父さん」は子どもを降ろした様子。すると警察官が「ご協力ありがとうございました」と、アナウンス。たしかに、こんな超満員状態の中での肩車は危険かも。バランスを崩して転倒でもしたら、それこそけが人が出るでしょうから。

節分会33 











池上本門寺・節分会の豆まきは、タレントやプロレスラー、格闘家等々が大勢やってきて、福豆をまく。これらの著名人の数は30人以上。大堂前特設ステージには、タレントやプロレスラーが豆をまく位置があらかじめ決まっていて、大きな名札がかかっている。その名前を見ると

田中健、平将明、松本伊与、松本なつ子、西島三重子、宇梶剛士、春風亭一之輔、てんちむ、すがはらやすのり、朝崎郁恵、藤崎奈々子…

プロレスラー、格闘家、ボクサーの名前は

輪島大士、佐々木健介、中島勝彦、小橋建太、山本KID徳郁、KENTA、棚橋弘志、武藤敬司、鈴木みのる、高山善広、天龍源一郎、竹原慎二…

節分会41

 











ずいぶん懐かしい名前、昔の名前で出ていますタレントも見える。

池上本門寺・節分会に大勢のプロレスラーが来るのは、1977(昭和52)年に、ジャンパ鶴田が力道山の墓参を兼ねて節分会に参詣したことから、毎年、多くのプロレスラーや格闘家が節分会に参詣しているのだという。

豆まきは15時から。約10分ぐらい前から池上本門寺第82世貫首・酒井日慈猊下を先頭に、福豆をまくタレントやプロレスラーが特設ステージに入場。酒井日慈猊下はゆっくりとした足どり。

特設ステージには、豆まきの福豆が大量に用意され、ステージにはタレントやプロレスラーがズラリ。「タレントの紹介でもあるのかな」と思っていたら、そういうのは一切なく、いきなり豆まきがスタート。特設ステージからタレントやプロレスラーが、超満員になっている参詣人のほうにむかって、次々と福豆を投げる。参詣人のほうは、先を争って福豆を取ろうとする。たくさんの福豆が投げ込まれ、全部投げ終わったところで終了。あれだけ多くの福豆が投げられたのに、福豆をもらえなかった参詣人も、かなりいた様子。もっとも福豆は、大堂前で僧侶が売っていましたけどね。

私も福豆を一袋、もらってきました。豆まきが終わって参詣人は帰途へ。

総門から仁王門への此経難事坂から大堂への参道は、帰りの参詣人でいっぱい。

節分会47 

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池上本門寺(37)~地域の恒例行事として定着している池上本門寺節分会

■池上本門寺37(2013節分会1)

 

201323日は、池上本門寺の節分会に参詣しました。

日蓮宗大本山・池上本門寺は、法要が行われるときは、大勢の参拝人がつめかける寺院で特に有名。池上本門寺の最大の行事は、毎年1011日~13日に行われる御会式である。中でも1012日の万灯練り供養には、毎年30万人を超える参拝人があり、深夜まで練り行列が行われる巨大行事になっている。

池上本門寺の巨大行事は、何も御会式だけではない。毎年23日に行われる節分会もまたそのひとつ。日蓮宗新聞社刊行本「日蓮宗本山めぐり」の中でも紹介されていますが、池上本門寺節分会のときは、大堂前には、それこそ立錐の余地もないくらいの参詣人が詰めかけ、池上本門寺境内は超満員の状態に膨れあがる。そういう中、有名タレントやプロレスラーなどが、特設舞台の上から福豆をまく、豆まきが行われる。

23日といえば、どこの仏教寺院でも節分会が行われるが、池上本門寺の節分会は、特に多くの参詣人が集まることで有名。池上本門寺・大堂前は、節分会の数日前から豆まき用の特設ステージが設けられ、準備万端である。

節分会12 











池上本門寺節分会は、13時からの池上太鼓からはじまる。大堂前の特設ステージには、いくつもの太鼓が設定されており、20人以上の中年女性と23人の男性が出てきて、太鼓を叩く。

見ていると、かなりの練習を積み重ねてきているのが、わかります。男性も女性も、太鼓を叩く時の表情が、まことに生き生きとしている。

その後、福男福女の練り行列が仁王門から入ってきて、大堂の中へ。

節分会25 











宗教行事の中で行われるイベントというと、若い頃、イヤと言うほど見せられた創価学会の文化祭ビデオというものがあった。あれを見ていると、文化大革命時代の中国や北朝鮮のマスゲームそっくり。創価学会のビデオによれば、創価学会の文化祭には、知事、市長、県議会議長、著名人などが多数招かれ、祝辞や賛辞を送っていたというが、私なんかは、あんな創価学会の文化祭ビデオを見せられても、面白くもなんともなかった。それどころか多大な嫌悪感を感じたことを鮮明に覚えている。

 

しかし池上本門寺御会式の万灯練り供養、節分会の池上太鼓、片瀬龍口寺御難会の万灯練り行列等々の行事を見ていても、行事そのものが地域社会の中に密着していて、全く違和感を感じない。池上太鼓は、もちろん近年、はじまった行事なのだろうが、しかし地域行事としてピッタリとマッチしていて、これも全く違和感がない。

 節分会19

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池上本門寺(36)~日本プロレスの祖・力道山の墓がある池上本門寺

■池上本門寺36(日本プロレスの祖・力道山の墓)

 

池上本門寺の墓苑の中には、日本プロレスの祖である力道山の墓があります。

力道山墓6


力道山とは、今さら言うまでもなく、大相撲の力士出身で第二次世界大戦終了後に日本のプロレス界の礎を築き、日本プロレス界の父と呼ばれている人物。当時始まったプロレスのテレビ放送もあり絶大な人気があったスーパースター。

力道山墓4

 

力道山の墓に参拝する人は、かなりたくさんいるようで、墓苑の中には案内板が立てられていました。

力道山墓1


墓は綺麗に整備され、墓碑が新しくなっていました。

力道山墓3


池上本門寺には、著名人の墓がいくつかありますが、その代表格がこれです。

 力道山墓2

 

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