一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ

「一般社団法人 仏教宗学研究会」とは任意団体として1985年から活動している会の名称。2018年5月に一般社団法人登記。当ブログ名を「仏教宗学研究会のブログ」から「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」に改名。 「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」が管轄。「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。「仏教宗学研究会」と「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」は表裏一体の同体異名。日蓮正宗、創価学会・SGI・顕正会・正信会、さらに富士門流執着軍団…らを批判する主旨は同じ。 (背景写真は高野山真言宗総本山・高野山奥の院灯籠堂参道)

Category: 日蓮宗(大)小湊誕生寺

■小湊誕生寺5(2019216日・鯛ノ浦遊覧船)

 

15年ぶりに乗った誕生寺沖の水深2025mの鯛ノ浦に生息するタイを見物する鯛ノ浦遊覧船

 

日蓮宗大本山・小湊山誕生寺の日蓮降誕会参拝の後、誕生寺三門の向かい側にある鯛ノ浦遊覧船に乗りました。この遊覧船に乗ったのも、2004年の参拝以来、15年ぶり。鯛ノ浦とは、誕生寺沖の近海にタイが生息している海域のこと。特別天然記念物に指定されている。

千葉県教育委員会の立て看板の文によれば、「内浦湾内、誕生寺前から東南方面に船で五分程の海域に、多数のタイが生息していて、このあたりを「妙の浦」と呼んでいる。ここに集まるタイは、大部分がマダイで、他にクロダイ、メジナ、イスズミなどが混ざっている。マダイは、深さ30150メートル程の海域に生息し、普通はその中層あたりを泳いでいる定着性の近海魚である。しかし、鯛ノ浦は、1030メートルの浅海で、しかも限られた狭い海域に生息し、人間の投与するエサをよく食べるのは、ほかに見られない現象である。日蓮聖人が誕生した古来殺生禁断の聖地であり、観光船の船ばたをたたくと海底から姿を浮上させ、争ってエサを求めるのは不思議なことと言われている」と、なっている。

鯛ノ浦遊覧船協業組合の立て看板によれば、「伝説によれば、日蓮聖人誕生の際、大鯛が海上に銀鱗を踊らせ、聖人誕生を祝ったと言われております。以来、漁民もこの地を聖地として餌を与え、保護してきました。学術的に見ても天然のマダイが水深2025メートルのところに群れをなして生息していることはまれです。(注意)この地域内のタイを取ると法律により罰せられます」

とある。大鯛が日蓮誕生を祝ったという伝説は、にわかに信じがたいが、タイが鯛ノ浦近海の浅海に生息しているのは、他に見られない現象」との見解は、千葉県教育委員会の名前で書いてある。しかも国指定の特別天然記念物となっては、学術的なお墨付きまで付いている。

インターネットで調べてみると、マダイの生息域については

「日本列島近海では、北海道以南から南シナ海北部までの北西太平洋に分布するが、奄美群島・沖縄諸島沿岸には棲息しない。漁獲量は東シナ海、瀬戸内海、日本海の順に多く、太平洋側では南ほど多い。成魚は水深30-200mの岩礁や砂礫底の底付近に生息し、群れを作らず単独で行動する。」「稚魚は浅い海の砂礫底、岩場、藻場などで生活し、小動物を捕食しながら成長する。生後1年で全長約15cmに成長し、2-3年で浅場を離れて深みに移る。寿命は20-40年程度とみられる。」(フリー百科事典・Wikipedia「マダイ」)

となっている。この記事によれば、マダイの稚魚は、浅い海に生息していることが書いてある。しかし成魚は水深30-200mの岩礁や砂礫底の底付近に生息となつているから、浅海にはいないということか。もっと学術的な調査・研究が求められるところだが、いかんせん特別天然記念物に指定されてしまっているので、かえって学術的な調査・研究が進まなくなっているのではなかろうか。そして、仮に学術的な調査・研究が進んで、仮に「鯛ノ浦のマダイの生息が珍しいことではない」となった場合、たくさんの人の夢を潰してしまうことになりかねない。いろんな現象が宗教と結びついてしまうと、かえって学術的な調査・研究の障害になってしまうこともあるような気がする。宗教的な先入観を一切抜きにして、冷静な学術研究が求められるところである。

 

鯛ノ浦2















 

(鯛ノ浦遊覧船入り口)

 

特別天然記念物掲示2















 

(千葉県教育委員会の立て看板)

 

史跡名勝案内4














































 

(鯛ノ浦遊覧船協業組合の立て看板)

 

 

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■小湊誕生寺4(2019216日・日蓮降誕会参拝会)

 

□中川法政宗務総長、鴨川市長、衆議院議員、大関高安も参詣していた誕生寺日蓮降誕会

 

2019216日、一般社団法人仏教宗学研究会の関東在住会員で千葉県天津小湊・誕生寺の日蓮降誕会参拝会を行いました。私は東京本部からレンタカーで出発。東京湾アクアライン、館山自動車道、房総スカイライン、鴨川有料道路のルートで行ったのですが、この日は土曜日ということもあって、東京都内は大渋滞。世田谷通り、多摩堤通り、環八、どれも酷い渋滞があり、大師ジャンクションから高速に乗るまで何と1時間半以上かかりました。そして高速に乗ったら、アクアラインも「海ほたる」を先頭に渋滞。車がスムーズに流れたのは、海ほたるを通り過ぎてから。

午前11時の妙蓮寺からの日蓮像お練りは全く間に合わず、午後1時の降誕会法要にも遅刻してしまいました。私自身は、何度か誕生寺に参詣させていただいているのですが、今回の参詣は実に15年ぶり。「車、止めるところあるかな」と心配していたのですが、誕生寺隣の有料駐車場にたまたま空きがあって、滑り込みセーフで駐車。

既に祖師堂で日蓮降誕会の法要が始まっていました。祖師堂外陣は、参詣者でぎっしり満員。誕生寺信者さんと思われる場内整理の役員があっちこっちに立っている。整理役員の方は、女性だったせいか、私としてはあまり違和感を感じませんでした。

これと対照的なのが、創価学会の創価班、日蓮正宗法華講連合会の輸送班、大石寺警備の清昌である。宗創和合時代の大石寺には創価班、第2次宗創紛争が起こってからは輸送班や清昌の警備員が大石寺に居ますが、どれもイメージが良くないですね。第一、顔つきが全然違う。

創価班、輸送班、清昌から、にらみつけるような顔で見られると、不快に思いますよね。しかし今回の降誕会の整理役員の方は、柔和な顔だったので、こちらも安心しました。

降誕会法要では、宗教法人「日蓮宗」代表役員の中川法政宗務総長が挨拶に立たれていた。216日は、身延山久遠寺、池上本門寺をはじめ日蓮宗各寺院では、日蓮降誕会を行っているわけですが、宗務総長が誕生寺の日蓮降誕会に参拝されているということは、誕生寺の日蓮降誕会をメインに考えているということだろうか。

誰かの挨拶にあったが、この日の降誕会には、鴨川市長、地元選出の衆議院議員、県議会議員、市議会議員、さらに大相撲の大関高安関も参詣していた。誕生寺の向かい側にある鯛ノ浦資料館に、高安関の手形が何枚も掲示されていたので、高安関はよく誕生寺に参詣されているのではないかと思われる。

こういった仏教寺院の大きな法要に、市長や国会議員、県会議員、市会議員が参詣に訪れるというのは、よくあること。又、寺院の信徒総代、責任役員を地元選出議員が兼任しているというケースもよくあること。祖師堂外陣に座っていた参詣の方々は、背中に曼荼羅が書かれた服を着用されていて、団体参拝の方と思われる。

祖師堂受付で、御朱印をいただきました。

 

仁王門3















誕生会2















































 

(誕生寺三門・仁王門前)

 

祖師堂1















 

(誕生寺祖師堂)

 

 

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■小湊誕生寺3(御秘符の疑惑)

 

□日蓮正宗大石寺が信者に呑ませている「御秘符」を科学鑑定せよ

 

ところで誕生寺の祖師堂に祀られている日蓮像は、1991(平成3)年に修理のため解体したところ、胎内から4代住職日静の筆による古文書と薬草が発見されたというのである。

古文書によると「生身の祖師」の名と日蓮誕生の時と所が記載されていたという。またこれは、日蓮が母を蘇生させたという伝説から、「蘇生満願の祖師」とも言われているという。

誕生寺1

 

そういえば日蓮が母を蘇生させた云々という伝説は、日蓮正宗大石寺にもあることを思い出した。

日蓮が病身の母を蘇生させるために、自ら薬草を調合して飲ませたら、見事に蘇生したというのである。その日蓮が調合した薬草が、大石寺の歴代法主に「御秘符」(ごひふ)として相伝されているというのが、それである。

その日蓮の母蘇生の薬草が、ここ誕生寺にもあるというのである。

 

日蓮が調合した薬草と称するものは、大石寺と誕生寺にあるという。

こういったものも、現代科学による科学鑑定をすべきなのではないだろうかと考える。

しかも大石寺の場合は、今でも、病身の信者からの願い出によって、法主が薬草を調合して「御秘符」(ごひふ)なるものを信者に「薬」として与えているというのだから、驚きである。

ここまで行ったら、信仰とか宗教とかの問題ではなく、現実の「薬事」の問題になってくる。

 

まず、この大石寺の法主が信者に授与しているという日蓮の「薬草」、いわゆる「御秘符」なるものを科学鑑定すべきである。そして「御秘符」の「薬草」成分について、速やかに科学的に分析すべきである。

そしてこれが厚生労働省が薬として認可しているものに適合しているのかどうか。

薬でないものを薬として信者に飲ませているとなると薬事法違反の疑いがあるのではないか。

さらに仮にこれが薬として適合しているとしても、大石寺の法主は、薬剤師の資格を持っているのか。薬剤師の資格がないのに、薬を調合して信者与えているとすれば、薬事法違反の疑いがあるのではないか。

又、薬でないものを、日蓮から伝来している「薬草」としてカネをとって信者に授与しているとすれば、詐欺の疑いがあるのではないか。

こんな疑惑逃れのためか、日蓮正宗では信者に対して、こんな指導をしているという。

「御秘符は薬ではない。信心で呑みなさい」

しかし御秘符なるものが薬ではないとしても、日蓮正宗が信者に呑ませていることは事実である。

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■小湊誕生寺2(真鯛の群泳と日蓮)

 

誕生寺は日蓮誕生の霊跡としてあまりにも有名で、日蓮宗七大本山のひとつになっている。

寺伝によれば、日蓮誕生の時、海辺には蓮華が咲き、鯛が群れ、館の庭に清泉がわき出たという。これが今の蓮華ヶ淵、妙の浦、誕生水井戸であるという。

つまり日蓮が産まれた時、庭から清水が湧きだした、海には鯛が群れ集まった、海岸には蓮の花が咲き乱れたという三奇瑞が起こったという伝説があり、鯛ノ浦の真鯛は、長い間、禁漁が守られ、手厚く地元の人たちによって保護されてきたのだという。

建治二年(1276)10月、中老僧・日家と日保が、日蓮父母の館跡地に一宇を建立し、日蓮自ら高光山日蓮誕生寺と命名した。

当時の誕生寺は、今の鯛ノ浦にあったが、明応七年(1498)8月の地震・津波で押し流され、再建堂宇も元禄十六年(1703)11月の大地震による津波で流失。日蓮の生家があったところは、大地震による津波で海中に没してしまっているということになる。

 

鯛ノ浦は、千葉県鴨川市内浦湾から入道ヶ崎にかけての沿岸部の海域で、ここに真鯛(マダイ)が群泳することて゛広く知られている。

ここの真鯛は、特別天然記念物に指定されていて、域内では釣り等が禁止されている。

本来、真鯛は水深1020mを回遊する魚であるらしいのだが、鯛ノ浦のような水深の浅い海域に根つきになることはまず有りえないという。

古来からここの真鯛は名物とされていて、手漕ぎの舟でタイ見物をさせていたが、今は鯛ノ浦遊覧船により、鯛ノ浦周辺海域を廻り、エサづけされた真鯛を見ることができる。

 

この鯛ノ浦の遊覧船はもともと、市議会議員によって運営されてきたのだったが、1954(昭和29)年、小湊鯛ノ浦遊覧船企業組合が設立され、ここが遊覧船を運営している。

遊覧船に乗ると鯛ノ浦会館を出て、鯛の群泳鑑賞と弁天島周辺の遊覧を案内してくれる。鯛ノ浦の浅瀬に、真鯛が群泳しているというのは、本当のようである。

真鯛も、日蓮の化身として信仰され、弁天島は海中に没してしまった日蓮の生家に近いせいか、弁天が祀られ、ここへも年中、参拝者が絶えないのだという。

鯛の浦1
 

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■小湊誕生寺1(観心本尊抄・撰時抄等のレプリカ)

 

「小湊誕生寺」とは、千葉県鴨川市天津小湊にある日蓮の生誕を記念して建てられた寺で、1276(建治2)10月、日蓮の弟子・日家が日蓮の生家跡に高光山日蓮誕生寺として建立されたというが、この説は今は疑わしいとされている。

誕生寺の開祖・日家も、富士妙蓮寺の開祖・寂日坊日華と同一人だの、そうでないだのという論争がつづいており、未だに結論が出ていない。日蓮宗が発刊する「日蓮宗本山めぐり」の中の記述は、誕生寺の開祖・日家を誕生寺二世としており、富士妙蓮寺の開祖・寂日坊日華とは別人説に立っているように思われる。

 

1498(明応7)年と1703(元禄16)年の二度の大地震による大津波にあい、現在の地で水戸光圀の外護で「誕生寺」が再建されたが、1758(宝暦8)年に火災で焼失。1842(天保13)年に再建された。

誕生寺の境内には、仁王門、本堂、客殿、日蓮像が祀られている祖師堂、宝物殿などが建ち並んでいる。

境内中央にそびえ立っている大きな堂宇は祖師堂。この祖師堂の裏側に本師殿宝塔がある。

本堂、客殿、寺務所、布教殿堂は歩道橋を渡って奥にある。参道には売店が建ち並んでいて、普段から参詣人が多いことを伺わせている。

祖師堂はケヤキの大柱52本を使った国内有数の大堂で、日蓮像が安置される御宮殿は明治皇室大奥の寄進によるものであるという。

祖師堂内の右側の天井には南部藩の相馬大作筆による天女の絵が描かれる。堂内の天蓋等の仏具類は明治天皇の生母である中山慶子一位局や、大正天皇の生母・柳原愛子一位局による寄進によるものだという。

 

私がこの中で注目したのは、宝物殿である。

ここには、日蓮真筆の大漫荼羅本尊、日蓮真筆遺文「富木殿女房ご返事」、日蓮真筆の「観心本尊抄」「撰時抄」「立正安国論」のレプリカなどがズラリと展示されている。

日蓮真筆のレプリカではあるが、「観心本尊抄」「撰時抄」「立正安国論」は見ものである。

寺院の虫払いとか風入れの法要に行っても、見ることはできるかもしれないが、ゆっくりと間近で見ることはできない。

千葉県鴨川市天津小湊にある日蓮宗の古刹寺院・誕生寺・宝物館の展示は、数ある日蓮関係の寺院の宝物館における展示や「霊宝虫払い法要」における拝観などの中では、実にゆっくり展示を拝観できたし、内容的にもとても充実していたものだと思う。

この誕生寺宝物館の常設展示は9室に分けられていて、ここには国宝や重要文化財などがズラリと並んでいる。

小湊誕生寺4


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