一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ

「一般社団法人 仏教宗学研究会」とは任意団体として1985年から活動している会の名称。2018年5月に一般社団法人登記。当ブログ名を「仏教宗学研究会のブログ」から「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」に改名。 「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」が管轄。「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。「仏教宗学研究会」と「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」は表裏一体の同体異名。日蓮正宗、創価学会・SGI・顕正会・正信会、さらに富士門流執着軍団…らを批判する主旨は同じ。 (背景写真は高野山真言宗総本山・高野山奥の院灯籠堂参道)

カテゴリ:日蓮宗(総)身延山久遠寺 > 身延山久遠寺

■身延山久遠寺18(身延駅としょうにん通り)   身延駅とは、JR東海・身延線の駅で、山梨県南巨摩郡身延町のターミナル駅。特急「ふじかわ」を含む身延線の全列車が停車する。駅舎に接する単式ホーム1面1線と、奥に島式ホーム1面2線と2面3線の駅で、駅舎は、しょうにん通 ...

■身延山久遠寺17(ものすごい積雪になる思親閣)   私は、冬の2月に身延山久遠寺に行ったとき、身延山ロープウエイに乗って身延山頂の思親閣に行きました。ここは、日蓮が身延山の草庵で生活していたころ、毎日のようにここへ登山して、故郷の両親を偲び、孝養をつくした ...

■身延山久遠寺16(御真骨堂の日蓮遺骨)   本堂、祖師堂、報恩閣、仏殿などの堂宇の並びに、御真骨堂がある。今はここに日蓮の真骨が奉安されている。 日蓮祖廟は、西谷の地にあるが、身延山久遠寺が11世日朝の代の文明六年(1478)に、西谷の地から現在地に移転・増築さ ...

■身延山久遠寺15(身延山久遠寺の楠木調査3)   身延山久遠寺における楠木の調査によって、身延山久遠寺にある楠木は、久遠寺祖師堂前の楠木だけであって、久遠寺の伽藍のある場所や身延山周辺には、現在でも楠木は何本も生息していないということが判明した。 ただ、徳 ...

■身延山久遠寺14(身延山久遠寺の楠木調査2)   三門前の案内所の係員の人が渡してくれた地図をたよりに、三門前からしだれ桜の周辺、日蓮草庵跡、日蓮祖廟、千本杉…と、くまなく散策してみたが、楠木は見つからなかった。そこで、最後に案内所の係員の人が「祖師堂前」 ...

■身延山久遠寺13(身延山久遠寺の楠木調査1)   まだ季節的に温暖な秋ごろ、身延山久遠寺に「楠木」の調査に行ったことがありました。 それは私が取り組んでいる「戒壇の大本尊」関連の研究・調査課題のひとつだったわけですが、具体的にいいますと、日蓮正宗や創価学会 ...

■身延山久遠寺12(立正の扁額と祖師堂の内陣・外陣の造り)   本堂と隣り合わせに建っているのが、棲神閣(せいしんかく)祖師堂。ここは日蓮祖師像を祀る堂宇。ここの須弥壇の扉は、普段は閉扉されていて、申し込みにより開帳が行われる。 身延山久遠寺の場合は、寺院の ...

■身延山久遠寺11(本堂下にある身延山宝物館)   本堂の階下は「宝物館」になっていて、さまざまな身延山久遠寺の重宝類が展示されている。 かつての身延山久遠寺には、日蓮真筆の大曼荼羅本尊や遺文等の重宝をはじめ、財宝・什器など、げんぞんしていれば国宝や重要文 ...

■身延山久遠寺10(2500人の法要ができる本堂)   身延山久遠寺の本尊を祀る中心堂宇が本堂。ここの本尊は日蓮真筆大曼荼羅本尊を立体化した木像形式にしたものである。 一塔両尊四士と一般的に言われるが、中央に南無妙法蓮華経の宝塔があり、その両隣に釈迦如来像、多 ...

■身延山久遠寺9(287段もある菩提梯)   身延山久遠寺の表玄関は「総門」。バスで久遠寺に行くと、この総門をくぐって行きます。 これは28世日奠(にちでん)の代である寛文五年(1665)に建立された門で、門に掲げられている「開会関」の扁額は、36世日潮の筆によるもの。 ...

■身延山久遠寺8(西谷の日蓮祖廟)   この草庵跡からすこし歩を進めると、日蓮の「祖廟」(そびょう)、いわゆるここが日蓮の正墓である。塔内には日蓮の死去時に建立された五輪の墓を収め、地下の龕室に日蓮の霊骨を安置しているのだという。 日蓮宗では、ここを「御廟所 ...

■身延山久遠寺7(西谷の日蓮草庵跡4)   日蓮の説法の折りには、百人を超える参詣者で賑わったという身延山の日蓮の草庵は、1277(建治3)年に一度、修理を加えているものの、常時四十人から百人近い日蓮の門弟たちが修行研鑽する道場としては、あまりにも手狭であっただろ ...

■身延山久遠寺6(西谷の日蓮草庵跡3)   現在、身延山久遠寺の山中に残されている日蓮草庵跡は、かなり木々が生い茂った山中にある。富士川のたもとにあるJR身延駅から身延山久遠寺の三門まではかなりの距離があるが、その三門から日蓮草庵跡まで、ちょっと歩かなければ ...

■身延山久遠寺5(西谷の日蓮草庵跡2)   身延山久遠寺において現地調査をしていくと、さまざまなことがわかってくる。   身延山久遠寺のはじまりは、日蓮が住んだ草庵だが、日蓮が身延山中に自ら結んだ草庵は、驚くほど質素な造りだったということを、日蓮自身が遺文 ...

■身延山久遠寺4(西谷の日蓮草庵跡1)   身延山久遠寺の山門をくぐらず、麓の山道を歩いていくと、「西谷」と言われている山林の中に、鎌倉時代の昔、日蓮が住んだ草庵跡が残っている。 まさにここが、日蓮が起居していた草庵の跡であり、久遠寺発祥の地である。 日蓮 ...

■身延山久遠寺3(約180万人以上の参拝人)   身延町という町自体が、身延山久遠寺の門前町であるわけですが、特に久遠寺の総門から三門まで、約1キロにわたってつづいている門前町のことを、「身延山門前街」というふうに呼ぶそうです。 民家もけっこう密集しているので ...

■身延山久遠寺2(古式ゆかしい門前町)   はじめて身延山久遠寺に寺跡調査をしようと行ったのは、今から10年以上前のことですが、わざわざ冬の2月を選んで、久遠寺を訪ねたことを憶えています。 あの当時はまだ、東京—静岡の間に、東海道線を走る特急・東海号が運行さ ...

■身延山久遠寺1(日蓮が9ヶ年の生活を送った祖山)   身延山久遠寺とは、山梨県身延町にある、あの日蓮宗総本山の大寺院である。 ここは、文永11年(1274年)、甲斐国波木井(はきい)郷の地頭・南部六郎実長(波木井実長)が佐渡での流刑を終えて鎌倉に戻った日蓮を招 ...

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